【書籍レビュー】TAJIRI著『プロレス深夜特急』
- 2021.07.27
- Book Review
- REVIEW, TAJIRI

2021年6月30日、徳間書店よりTAJIRI選手の著書『プロレス深夜特急』が刊行されました。非常に興味深い書籍でしたので、ネタバレしないように注意を払いつつ、私なりのレビューを記したいと思います。
未成熟なWWEスタイル
現在、世界最大のプロレス団体といえばWWEであることを否定する人はいないでしょう。プロレス文化が根付いていない国でもエンターテイメントとして放送されていることも多いようです。この本では、TAJIRI選手が各地の団体を訪れて試合を行ったりプロレスセミナーを行ったりする中でプロレス発展途上国のプロレスとそれを取り巻く人々との邂逅が中心テーマとなっています。そうしたプロレス発展途上国でプロレスに取り組む人々はWWEを模倣してしまう傾向にあります。それはディック東郷著『東郷見聞録』でもWWEの影響について書かれていましたが、全く同じようなことがこの本でも書かれていました。
TAJIRI選手いわく、「「技」はそれ自体を魅せることが目的ではなく、リングで戦うレスラーの「心」を表現するための「手段」なの」です。WWEの放送を見て、あるいはYouTubeで見てその技を真似するだけでは観客に感動を与えることができません。しかし、そうしたプロレス文化が根付いていない国でも、魅力的なプロモーター、レスラーがいるわけです。そうした人々が中心となって地道にプロレスの土壌づくりから進めていくことで、徐々にプロレス文化が根付いていくように思いました。
「心」で魅了したイタリアの若手レスラー
この書籍はTAJIRI選手がイタリアに遠征した時のことから始まっています。そこで技をほとんど出さなかった(出せなかった?)ものの、「心」で観客を魅了した若手レスラーのことが書かれていました。次の動画の1分10秒ぐらいのところにその選手の試合の最後の様子が収録されています。
ほんの一瞬なので本書で言及されている若手レスラーが本当にこの選手のことかどうか自信がないですが(TAJIRI選手の著書では相手が黒人レスラーということでしたが、動画では白人レスラーですし)、この動画はTAJIRI選手のイタリアでのタイトルマッチのダイジェストも含まれていますので試聴してみて損はないと思います。
なお、TAJIRI選手のイタリアでのタイトルマッチのフル動画はこちら観ることができます。
プロレスがつなぐ人と人の縁
ポルトガルではレッド・イーグル選手が設立した団体CTWでセミナーを行った様子が書かれています。その地域でも危険な場所に位置する道場で自分の荷物に気を払いながら練習に取り組むレスラーや練習生たちがいます。このジムを立ち上げたのはレッド・イーグルという若者です。TAJIRI選手とはオランダで出会い、その時の縁での招聘でした。そんな彼を支えるのが、イーグル選手が修行のためにイギリスのレスリング道場を訪れた際に知り合ったというデヴィッドおじさんでした。わずか18歳のポルトガルからきたプロレスラーにもなりきれていない青年に果てしない魅力を感じたのでしょう。本書の中では謎の人物として描かれていますが、このデヴィッドおじさん、本名デヴィッド・カールさんは元々イギリスで公務員をやっていたようなのです。ただ、プロレスが好きで、プロレスラーとFacebookなどで交流していく中で、ZERO 1香港やイギリスの4FWでイベントを手伝うようになったようです。そしてイーグル選手と出会い、共にリスボンにやってきて二人三脚で道場と団体を運営しているといういい意味での変わり者です。デヴィッドおじさんについてよく知りたい方は次の2つのインタビューをご覧ください。
野外道場でプロレス「理論」を伝授する
フィリピンではMWF(Manila Wrestling Federation)という団体を訪れています。この時のセミナーの写真が本書表紙に採用されています。フィリピンで唯一道場を持っているというこの団体ですが、その道場は屋外にあります。お世辞にも良いとは言えない環境の中で日々トレーニングをする若者たちがいます。おそらく彼らも見様見真似で練習していたのでしょう。あるいは、TAJIRI選手のような理論で語ることのできるコーチに教わったことがなかったのかもしれません。TAJIRI選手が理論を伝え、それをファビオという選手を通じて他の練習生が実践していきます。体で理解することももちろん大事だと思いますが、短期間のコーチングしかできない場合はしっかりと理論を根付かせることが大事です。TAJIRI選手の経験や理論が確実にファビオ選手に受け継がれ、この団体に根付いていくものと思います。プロレスラーになりたいと夢見る若者が1人でも多くこの団体から世界のメジャー団体に羽ばたいてもらいたいと同時に、この団体が東南アジアを代表する団体に成長してもらいたいと心から願います。
なお、この時のイベントでTAJIRI選手はファビオ選手とシングルマッチを行っています。その時の様子がこちらです。
本書を読んでからこの試合を見ると、非常に感動するものがあります。レスラーとしてはまだ線が細いファビオ選手ですが、これからも夢を追いかけてもらいたいと切に願います。
世界の酒とメシ
本書は、TAJIRI選手が世界中で出会ったプロレスラーやそのレスラーを取り巻く人々とのプロレスを通じた交流の様子が描かれています。まるで旅芸人のようにさまざまな国や団体、レスラーに引き寄せられていく様子は非常に興味深いです。本書の魅力をさらに増しているのが、TAJIRI選手の食レポでしょう。現地での食事の様子が詳細に描かれています。現地の人と同じものを食べることを心掛けているTAJIRI選手だからこそ、現地のレスラーたちと膝を突き合わせて交流できるのでしょう。一方、海外の日本食屋に魅力を感じるという部分にもTAJIRI選手らしいなと思いました。日本を飛び出して世界で日本食を提供している料理人も多くいます。そうした料理人ひとりひとりにドラマがあります。どうしてこの国、この地に辿り着いたのか、この国でどうやって生きているのか。それはまさにプロレスラーとして体一つで世界中を巡るTAJIRI選手と共通する部分です。だからこそTAJIRI選手はそうした海外で日本食を提供する料理人に共感を覚えるのでしょう。本書は単純に旅行記としても非常に質の高い内容だと思います。
ブログランキング参加中。クリックでぜひ応援をお願いします!
TAJIRI選手の『プロレス深夜特急』が気になった方はこちらから!超絶おすすめです!
-
前の記事
諦めなかった男、辻陽太の夢の入り口 2021.07.27
-
次の記事
IWGPタッグ3WAYマッチへの期待 2021.07.28