アーロン・ヘナーレ覚醒への道

アーロン・ヘナーレ覚醒への道

3.12愛知県大会のメインでSANADA選手とアーロン・ヘナーレ選手が対戦し、SANADA選手がNJC3回戦へと駒を進めました。残念ながらUnited Empireの脱落者第1号となったヘナーレ選手ですが、今後の飛躍のきっかけとなるような、素晴らしい試合を見せてくれました。

ヘナーレの咆哮

NEW JAPAN CUP2回戦でのSANADA選手との一戦は、ヘナーレ選手の良いところと今後の課題が見え隠れする試合でした。SANADA選手がUSヘビー級王者ということもあり、オスプレイvsファンタズモの試合を差し置いてメインに据えられたこの一戦に挑むヘナーレ選手の意気込みが目立ちました。

試合ではヘナーレ選手が奥の手のツイスターを披露し、SANADA選手があわやノックアウトかというシーンも作りました。これまで真っ直ぐな突貫ファイトを繰り広げてきたヘナーレ選手にとって、このツイスターという技はフィニッシュホールドともなりうることを証明してくれました。

また、この日のヘナーレ選手は打撃面でもいいものを見せてくれました。コンビネーションパンチや強力なナックルなど、荒々しいファイトスタイルが板についてきたとも言えるでしょう。

本隊時代のヘナーレ選手は「真面目外人レスラー」という枠組みに囚われすぎていた感があります。それが反則スレスレ(いや、ナックルは反則ですね)のファイトは、ヘナーレ選手の燃え上がるような闘争心と相まって強くて怖いプロレスラー像を観客に見せてくれると思います。

この試合中、ヘナーレ選手が吠えるシーンがありました。本隊時代は歓声を求めて空回りすることもあったように思いますが、歓声を求めなくなった現在においては空回りするシーンも減ってきました。ヘナーレ選手の咆哮も自らに気合を入れるため、そして威圧感を出すためでしょう。魅せるという意味でもメインイベンターにふさわしい姿になってきたように思います。

しかしながら、最後は経験の差が出たのでしょうか、あと一歩にまで追い詰めたSANADA選手に逆転負けを喫してしまいます。ゲスト解説の田口選手もコメントしていましたが、ツイスターで失神寸前まで追い込んだ際のアピールはもったいなかったように思います。ここでの間がかつてのヘナーレ選手の課題だった部分でしょう。最近はそうした無駄な間がなくなっていましたが、この試合ではメインイベンターとしての試合運びの面でまだ未熟な面が出たということでしょう。

這い上がってきたレスラー

ヘナーレ選手は新日本プロレスの道場出身です。2016年9月1日にヤングライオンとしてデビューしています。岡倫之選手が2017年1月3日デビューですが、道場への入門はほぼ同時期です。この2人はほぼ同期と言ってよいでしょう。しかし、ヘナーレ選手は新日本プロレスへの入門以前に既にレスラーとしてデビューしていました。2010年にニュージーランド・オークランドのIPW(インパクトプロレスリング)でアーロン・ヘンリーとしてデビューしています。なお、新日本プロレス公式サイトではヘナーレ選手は2012年デビューとなっていますが、確認できた中で最も古い試合は2010年5月29日にニュージーランドのオークランドで行われたもので、アーロン・ヘンリー vs ジョン・E・キングというものがありました。

9月1日(木)『LION’S GATE』新宿大会・全カード決定! 柴田&第三世代がノア軍と再び激突!“外国人留学生”ヘナーレが新日本で再デビュー戦!ー 新日本プロレス公式サイト

 

この動画はアーロン・ヘンリー時代の試合映像です。2015年8月8日、ニュージーランドで行われたSPWrestlingでのシェイン・シンクレア選手との一戦です。

ところで、3.6福島大会でヘナーレ選手は中島選手と対戦していますが、そのバックステージで両者はこのようなコメントを残しています。

中島「うまく言えねぇけど、ヘナーレと、何か俺が似てる気がするんだ。うまく言えねぇけど、今日戦って思った。ずっと新日本目指してやってきて、よかったと思った。」(新日本プロレス公式サイトより)

 

ヘナーレ「おい、ユート。オマエのエルボー、懐かしい感じがしたよ。オマエがどこであのエルボーを鍛えたのかオレには分かる。オマエとオレはお互い地下から這い上がってきた似た者同士だ。効いたぞ。ユート、ひとつ教えてやろう。会社もファンもオレたちなんかは見向きもしない。地下から上がってきた人間は見下されるんだ」(新日本プロレス公式サイトより)

両者の共通点といえば、野毛道場出身ということもありますが、それに加えてファレ道場出身という点もあります。ファレ道場が開設されたのは2016年のことですが、どうやらヘナーレ選手は2015年に開催されたファレ選手のセミナーにも参加していたようです。

その後、ファレ選手が新日本プロレスの道場でのノウハウを活かしてファレ道場を開設し、そこに中島選手が入門してきたというわけです。中島選手がファレ道場に入門したのは2019年ですので、もちろんファレ道場で両者が重なっていた時期はありません。しかし、ファレ選手のコーチングを経て新日本プロレスに入門したという根っこの部分は同じです。そのため、細かな動きやテクニックなどで共通するものがあるのでしょう。「似ている部分」「懐かしいもの」はこういうところに起因するものでしょう。

こうして這い上がってきたヘナーレ選手はさらに飛躍するためにはまだ何かが必要なのかもしれません。United Empireの一員としてさらに進化し、当面の目標に定めていたNEVER無差別級のベルトを腰に巻く日も近いかもしれません。いや、SANADA選手との激闘を経験したことで、USヘビー級も視野に入ってきた可能性もあります。近い将来、ヘナーレ選手が師匠のファレ選手越えを果たし、ベルトを持って中島選手を迎え撃つという場面が見られるでしょうか。今後の活躍にも期待したいところです。

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